怖いコーチと厳しいコーチの違い。コーチは偉いのではなく競争の中にいるべき。

以前ある選手と話をしている時でした。
その選手はレアッシに入る以前に別のクラブに所属していて、移籍してきた選手でした。

その理由を尋ねると、小学生年代というまだまだ幼い選手ではありますが、率直な感想を述べてくれました。その理由の大まかな内容は「コーチが厳しすぎた」ということでした。

ここで一つ疑問があったので質問しました。
「レアッシのコーチも厳しいけど???」

その選手の答えは明確でした。「厳しさが違う…」
話を聞いていくとそれは「厳しい」のではなく「怖い」というように感じれる部分がありました。
ミスをしたら「殴られることもある」…

それは現代では全く考えられないことですが、そのコーチは「厳しさ」を履き違えています。
本来は「ミス」が問題ではなくプレーのプロセスが問題です。パスミスをしたからダメなのではなく、例えば自分がプレスを受けたから適当なパスを出した、そこにはミスの本質的な違いがあります。

「やろうとしたけどミスをした」のと「分かっていたけどやろうとしなかった」。
同じように見える『ミス』でもそこには全く違う問題が潜んでいます。

僕らレアッシのコーチは「厳しい」という意味では確かにそうだと思います。妥協しないし、時には強く選手に言うこともあります。しかしそれは「選手への要求レベルが高い」ということです。
それぞれのコーチで要求する内容は異なりますが、「高い意識とたくましい選手になるため」には要求のレベルを上げなくてはなりません。勿論、選手のレベルや年齢によって求めることは異なりますが、その選手に応じた「要求」を繰り返していく必要があります。

先日、現在僕が担当しているU-11・セカンドチーム全選手一人一人に「サッカー面におけるその選手の良い部分と改善してほしい部分」を伝えました。僕の場合、練習試合や公式戦を行った日に、一人一人の何が改善されており、その後の課題は何かをマッチレポートに記載しています。
ですので、それを基にして同じ練習をしても、個人に要求する内容は異なります。

今日の練習では主に1対1が多かったですが、ある選手にはボールの受け方、ある選手には守備の方法、またある選手にはフェイント後の動作やマークのつき方、といった具合に、同じ練習をしていても『要求する内容』は個人により異なる部分もあります。
僕のグループの選手を例に挙げると、その選手は攻撃に良い部分があります。
上手く相手をかわすし、スペースへ味方を動かす良いパスも出せます。それはその選手の「良い部分」であるのでそこをもっと伸ばす必要があります。と同時にその選手の課題である「守備の強さ」も同時に改善してほしいと思っています。
なぜなら「そこが改善できればもう一つ上のレベルに行ける」からです。勿論、長所を伸ばすことも大事です。
(ただ、現在は長所をもっと伸ばすにはどうすれば良いかは伝えておらず、課題を克服するように伝えています。理由は課題を克服すれば長所が自然と伸びると考えれらるからです。)

少し話はそれましたが、『常に高いレベルを要求される』という意味では『厳しい』ことだと思います。
しかしそれは『怖いコーチ』であることとは別の次元です。

(僕の場合は『規律面』で少し「怖い雰囲気」をあえて出していますが。)

そのようなことを考えると「コーチが正しく評価される」仕組みがとても重要に思えます。プロでもボランティアでも、賃金をもらうもらわないに関係なく選手の前に立てば同じコーチです。
これからはコーチを正しく評価する仕組みがなければ、時代が変わってもコーチの質が変わらないということになるかもしれません。

「厳しい」や「怖い」、それは各コーチのキャラクターですが、指導者は選手以上に「競争」の中に身を置き、常に自分がレベルアップしなければならないという意識を持ち続けなければなりません。

子どもと、気を使ってくれる保護者の方の前であぐらをかいている指導者は、選手より先に反省しなければなりません。
僕もそうですが、特にこれからの若い年代のコーチは、悪い例を踏襲するのではなく学ぶ必要があります。

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この記事を書いた人

□スペインサッカー指導者ライセンス レベル1
□選手歴 筑陽学園サッカー部卒
□指導歴
2007-現在 レアッシ福岡FCジュニア,ジュニアユーススタッフ
2009-12 FCバルセロナ オフィシャルスクール福岡校コーチ
2015-2016 スペインバルセロナ在住
2015-16 UE CORNELLA Juvenil B 研修(バルセロナ)

サッカーコーチが学べる情報サイト『ジュニアサッカー大学』を運営