コーチインタビュー・リレー 黒沼コーチ・後編

みなさんこんにちは。レアッシ広報部です。
コーチたちへのインタビュー・リレー第一弾として前回は黒沼コーチにインタビューを行いましたが今回はその続編、清水エスパルスで指導した後のスペイン留学編です。

-スペインではどのような経験をされたのですか?

黒沼) まず最初の1年間は現地の語学学校でスペイン語を学びました。でもまったく勉強をせずにスペインへ渡ったので最初の3か月くらいは本当に苦しかったです。
先生たちはスペイン語で授業を進めるので「スペイン語がわからないから学校へ来てるのに、そのスペイン語で話すなよ」とイライラしていました。気を使って先生たちが英語で話しかけてくれても、その英語すらわからないから結局理解できない、みたいな感じでしたね。

-ではサッカー面ではどのような経験を?

黒沼) 2012年6月にバルセロナへ渡ったのですが、すでにどのカテゴリーもシーズンが終了していてサッカーの勉強をしに行ったのに試合が観れないという何とも情けない状態から始まりました。そして9月からプレシーズンの練習や試合を見て10月からようやくシーズンが始まったのでそこからサッカー三昧の日々になりました。そして10月の半ばくらいにアシスタントコーチとして入ってみたいチームを見つけて、そのチームの練習に毎日通いました。そして練習の途中でゴールを使うメニューになるとゴール裏の観客席に移動して勝手にボール拾いをしていました(笑)。
それは私という存在と顔を監督やコーチたちに覚えてもらうためです。そして練習終わったら監督を追いかけて「今日の練習のテーマを教えて」と話しかけ、色々聞き出していました。聞き出すといってもスペイン語は学校の先生のゆっくりとしたわかりやすい単語のものしか体感していなかったので監督たちの話は10%も理解できませんでした。でも少しでも早く自分の存在を認識してもらいたくてわかったフリをしていました(笑)。
そして2か月くらい練習や試合に通った後にドキドキしながら「ボール拾いでもいいからチームに入れてくれ」という話をしに行き、何か月か待たされたりとか目当てのチームとは違う年代のところに入ることになったりという紆余曲折はあったもののクラブ側も了承してくれて何とか現場に立つことができたのが2013年1月でした。

-そこから実際にスペインサッカーを体感するようになったわけですが、いかがでしたか?

黒沼) まずは言葉がわからないのでマーカーを置いたり、片づけたりするのですら大変でした。あとは試合の集合時間なども聞き間違えないようにと必死に毎日を過ごしていました。
そして徐々に慣れてくると練習で人数が足りない時に選手役としてメニューに混ざったり、試合でも登録の関係上ベンチには入れなかったのですが、ハーフタイムに修正点を聞いてくれたりとチームの一員として認められるようになりました。そしてそれに応えようと数試合後の対戦相手の試合を分析しに行ったり、ビデオを撮影したりという事を自主的に行いました。そしてその最初のシーズンで2部の4位以内に入って1部昇格を勝ち取ることができました。と言っても私は大して何もしていなかったのですが、満足感だけは一丁前に感じていました(笑)

そして2シーズン目も同じコーチングスタッフで次の年代のチームを担当する事になり「昇格を決めたメンバーに数名の補強をして次のシーズンに臨むのかな」と思っていたリーグ終了後に入団テストなどを兼ねて行っていたある日の練習後に監督・選手・保護者の面談が行われました。
自分は意味が分からず、順番待ちをしている選手たちと話をしていると面談を終えた何人かの選手が私のところに来て「今までありがとう」などと言いながらハグをし、保護者も「頑張ってね」と言って去っていくのです。全選手の面談が終わった後に監督へ聞いてみると「来シーズンの事について通告をした。一緒に次のカテゴリーへ上がれる者・一つ下のレベルでやらなければいけない者というのを伝えたんだ。下のレベルでプレーするのを受け入れられない選手は移籍先を探すことになる」ということでした。
そして2日後の練習に私へ挨拶しに来た選手たちは誰一人来ていませんでした。昇格を共に勝ち取った仲間でも、そのチームが求めるレベルに到達していなければ移籍せざるを得ないというスペインサッカーのシビアな面を痛感した場面でしたね。

-では最初の2シーズンはコーチをされていたわけですね。監督を務めたのはいつからですか?

黒沼) 3シーズン目からです。C.Dアルメダという街クラブでU11 Aチームの担当でした。選手たちはクラブの中でAチームに選ばれているのでプライドもあり、練習ではよく対立していました(笑)。少し体力的にきつい練習をすると「こんな練習意味あるの?結局試合に勝ててないじゃん」とか言われて「やりたくないなら帰れ!」と言い返したら「やればいいんだろ!」とか反抗してこられたりとかもありました。

-すごい小学生ですね(笑)

黒沼) 本当に毎回の練習がつらくて「今日は90分のうち、何分まで何事もなく進むかな」とか「今日は誰と対立するんだろう」とかばかり考えていました。

-最後のシーズンとなった4年目はどうだったんですか?

黒沼) 最後のシーズンはU13のEチーム(その年代でクラブにおいて最弱のチーム)を担当し、プレシーズンの2週目が終わったくらいでU11のDチームを兼任することになりました。U13は前のシーズン2勝26敗で負けたチームの選手が大半残っていて、まずは練習にちゃんと来る・欠席する場合は監督に連絡する・練習中にケンカしない・練習をマジメに一生懸命やる、というところからのスタートでした(笑)。一方のU11は4部リーグから3部への昇格をクラブから課されていたのでプレッシャーを掛けられ、とても緊張感のある感じでした。

-外国人監督に対するスペイン人選手の反応はどんな感じなのですか?

黒沼) 最初はミーティングなどで話をするといい間違いやイントネーションの部分で笑われたりとかありました。でも1か月もするとそれにも慣れてきて、サッカー面で信頼を勝ち取ると差別みたいな事はまったくないですね。でもいくら順調にいっているチームでも突然壊れたり、選手との対立は発生するのでまったく気が抜けない日々でした。

-それで最後のシーズンはU11で昇格を果たしたんですよね

黒沼) その前にU13では去年2勝しかできなかったメンバーで10勝以上でき、最初は怖がって適当にロングボールばかりを蹴っていた選手がしっかりとボールを繋ぎながらゴールまで到達できるようになったのが本当にうれしかったです。それこそ練習で「こんな繋ぐ練習ばかりやっても意味ないよ!オレらにこんなのできるわけないじゃん!!」と何度も文句を言われていたので(笑)。
そしてU11では前期13勝2敗で3位だったのですが、その2敗が1位と2位に喫したもので後期は全勝するしかないなと考えて相手を徹底的に分析してビルドアップやプレッシングを複数使い分けられるように準備をして、何とか後期全勝を果たして勝ち取ったので本当に達成感がありました。

-では、そういった達成感を伴ってレアッシに2016年6月に加入されたわけですが目標などはありますか?

黒沼) クラブは日本一の街クラブになるという大きな目標を持っていますので、それを達成するために貢献したいという想いがあります。あとは目の前の選手たちの成長にとって最高の手助けができるように全力を尽くしたいと思っていますし、彼らの将来にとって有意義なものを提供したいと考えています。昨シーズンはクラブのシステムなどを新たに構築する事に力を費やし、外に見える形で大きな変化を見せる事はできませんでしたが、今シーズンは結果と内容にこだわって見える形で残せるように頑張りますので期待してください!

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